重文見聞録11 黄檗山萬福寺

勝手に重要文化財を巡って個人的な感想を述べるシリーズ「重文見聞録」では今まで寺社仏閣は取り上げてきませんでした。
 
しかし、今回大変貴重なイベントに参加させていただいたのでブログとして取り上げさせてもらう事にしました。
 

 
●黄檗山萬福寺(おうばくざん・まんぷくじ)
 
 
 
仏教に詳しい方もそうでない方も座禅というものは知っていると思います。
 
今回取り上げる黄檗山萬福寺は日本三禅宗の一つと言われる黄檗宗の大本山です。
 
 
 
この萬福寺および黄檗宗の大きな特色は中国、明の様式を大きく取り入れていることです。
 
それもそのはず黄檗宗の開祖である隠元禅師は中国から招いた僧侶だったからです。
 
 
 
言うまでもなく他の二禅宗である曹洞宗、臨済宗もさることながらほぼすべての日本の仏教宗派の開祖は日本人です。
(律宗の鑑真のみ中国人です。)
 
黄檗宗は江戸時代に渡来した宗派で、伝統的な日本の仏教宗派13宗の中では最も新しい宗派です。
 
実は現在、萬福寺は桟瓦葺の屋根の傷みのため、平成30年2月より令和3年1月までかけて修復工事をしています。
 
この修復工事の現場文化財建造物保存修理研究会の主催で見学できるワークショップが開催されたのでリョーゾー社長もそこに混ざって見学をさせていただきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
●文化財保存研究会のワークショップに参加
 
 
今回の重文の修復のメインテーマは「屋根」だと言ってよさそうです。
 
その屋根の中でも「杮葺き(こけらぶき)」と「本瓦」と「桟瓦」を理解しておくと今回の修復での発見が理解できます。
 
杮葺きは薄い木の板を重ね合わせた屋根で古くから用いられていた物です。
 
本瓦は平瓦丸瓦の二つのパーツからなる瓦を組み合わせて作る屋根で昔はこの瓦が主流でした。
 
 
そしてこの本瓦をパーツを少なくして簡略化するように発明されたものが現代でも使われている「桟瓦」です。
 
基本的に屋根瓦に求められる性能の一番重要なものは防水性だと思いますが、パーツを少なくすることで継ぎ目からの浸水リスクも少なくなり、重量も軽くなるという発明だったようです。
 
今回屋根の修復をした法堂などの屋根は桟瓦にて葺かれていました。
 
しかし修復のための調査を進める中で建立当初はどうやら桟瓦ではなく、杮葺き屋根だったのではないかということが明らかになってきました。
 
平井俊行先生による桟瓦の歴史調査の研究の話も聞かせていただきましたが当時は桟瓦自体もまだ発明されていなかっただろうということです。
 
萬福寺は創建1662年ですが、明治14年に一度、大正5年にもう一度瓦の修理を執り行っていると考えられていることから、明治の修復以降に桟瓦に葺き替えられたのではないかということです。
 
 
 
●いざ修復現場に潜入 
 
 
それではいよいよ現場のほうに入っていきたいと思います。
 
 
 
 
 
足場に上ってここまで近くで見ることができます。
 
 
古い垂木に「大正五年」という文字が確認できます。
 
 
 
 
上の写真は暗くてわかりにくいけれど、漆喰の塗りなおしのために壁を剥がしてみたところです。
 
壁の下地の竹小舞が露出していますが、赤で囲んだ部分は他の木材で後からふさいだ部分で、ここが入口だった形跡です。
 
ここの入口は大正5年以降に伏せられたことがわかっているそうです。
 
 
 
法堂(はっとう)内部の天井は上の写真のように入口がないために調査をすることができませんでした。
 
しかしアライグマが開けている穴が見つかり、そこから侵入して調査をすることができたという話をしてくれました。
 
お寺の修復を助けたアライグマ、なんか昔話に出てきそうですね。
 
 
一緒に参加した㈱NOWの今田社長も楽しんでいました。
 
 
 
 
●中国様式、黄檗独特の様式
 
 
このワークショップには保存修理研究会の知識豊富な会員の方も多数参加しており、参加者の方からもたくさんの意見が飛び交いました。
 
 
上の写真をごらんいただきたいのですが、この障子の仕組みを参加者の一人が説明してくださいました。
 
一般的に日本の寺院ではこのような4枚戸の障子がそれぞれ別々に内側に回転する方式にはなっていないそうで、これも中国の建築にしか見られないものだと言っていました。
 
 
 
上の写真は萬福寺の中心的建物である本堂ですが、ここは日本で唯一最大のチーク材を使った建物だそうです。
 
黄檗宗には中国・台湾・東南内容アジアにある中国寺院で執り行われている仏教儀礼と共通する部分が数多く見られるそうですが、チーク材も東南アジアが産地です。
 
 
 
その本堂の正面わきにあるのが上の写真の「生飯台(さばだい)」でこれも他の寺院ではあまり見たことがない、という意見が出ていました。
 
生飯とは食事の前にご飯をお供えすることだそうで、餓鬼に対する布施行ということです。
 
 
卍をかたどった勾欄(こうらん)も中国っぽいですね。
 
 
 
 
屋根の真ん中についた玉のようなものも日本の寺院にはない意匠だそうですが、名前を忘れてしまいました。
(わかる方は教えてください。)
 
 
 
それから上の写真のように萬福寺では柱の横に小柱がついているのを見かけますが、普通のお寺ではないもののようです。
 
 
黄檗天井と呼ばれるアーチ形の天井です。
 
 
 
 
これは木魚の原型となったもので今でも食事の時間にたたいて鳴らしているそうです。
 
お坊さんがお経を唱えながらぽくぽくと木魚をたたいていますが、「木魚ってなんで魚が関係あるの?」って思ってた私はそのルーツを見つけました。
 
 
 
  
 
また秋の紅葉もお寺を飾ってくれてきれいでした。
 
  
 さて今回初めて重文の修復現場を見させていただき話しを聞かせていただいたわけですが、今まで気づかなかったことにいろいろ気づかせてもらいました。
 
 
一つには重要文化財は修復作業の時に新しい発見が出てくるので、作業と並行して調査を行い、それを見落とさない知識と推理力がいるんだということ。
 
他にも、寺社仏閣の重要文化財というのは個人の住宅だったものに比べて桁違いに古くて何度も修復作業が行われているが、文献や絵などの記録があるので過去の履歴がわかることがあるんだということ。
 
修復にあたるうえで「いっそ傷みのある所は部材を切り取ったり交換したりして見た目を創建時の状態に近づけるのか、それとも見た目は悪くなってもできるだけ当時の素材を使うことを心掛けるのか」など方針も臨機応変に議論しながらすすめるのだということ。
 
文化財建物保存修理研究会の皆さま、貴重な体験をさせていただきましてありがとうございました。
 
 
 
 

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